言葉を吐く。

5年の摂食障害、そして回復、そして今。

普通の恋愛がわからない。自分に自信が持てない私が愛を忘れた実際のお話。

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ただいま。10日ぶりの通常モードです🐤

 

先日の本プレゼント記事では、有難いことに応援メッセージを沢山頂きました。本当はちょっと(とても)不安で怖かった・・・(小声)

与えるはずが、私が与えてもらってしまった。本当にありがとうございます。

本はまだ少し残りがあるので、まだgetしてない方は是非🌸

 

今日からまた穏やかに言葉を吐いていきます☺️笑

 

依存愛と利用愛のプロでした

今日は、つい先日ツイートした【依存や利用じゃない恋愛を知った】依存や利用の愛について書こうと思います。

 

 

「既婚者の私、これいけるか・・?w」と思ったけど

私もつい最近まで、上手な愛の受け渡しが出来なかったことを思い出しました。1年半前の私の口癖は「彼氏なんていらない」でした。

 

なので、あの時どういう思考だったのだろう・・?って振り返ってみます。

※依存愛や利用愛を解決する方法ではないです

 

過去の私(依存ver.):彼氏は私

過去の恋愛において私はとっても「いい彼女」でした。男に喜ばれるであろう女像を演じること、それは私にとってごく普通のことでした。

 

可愛くて優しくて尽くしてくれて何も文句を言わない子。それが私の「いい彼女」像。

もちろん彼氏に対して、わがままは言えません。

「なんでもいいよ」「合わせるよ」「⚫︎⚫︎くんのために」

不満があっても言えない。めんどくさいヤツだと思われたら失格です。

 

 

彼氏にいかに愛されるかが私の存在価値でした。

 

だから、彼氏にとって「いい彼女」でいたかった。「自慢の完璧な彼女」でいることで、愛されると思っていた。

 

でも、それが本当の自分じゃないことは私もわかってる。だから愛されても愛されても不安で心配でいつも確かめたかった。

 

 

私は私の存在価値を彼氏に委託してしまっていました。

自分で自分に自信がないから、誰かに私の自信をつけてもらうしかなかったのです。

 

長続きすればするほど、私の中で彼氏を占める割合は大きくなり、

それに伴って、私が彼氏に委託する存在価値もどんどんどんどん大きくなりました。

 

その「依存」こそが好きという感情なんだと思っていた。

好きになれば好きになるほど、同じ重さで愛されているかが不安で堪りませんでした。

 

 当然、こんな恋愛うまくいきませんよね。

「いい彼女すぎて疲れる」「何考えてるかわかんない」そう振られました。

モテるけど付き合うと振られる。これが私の恋愛パターンです。

  

彼氏がいなくなるということは、同時に私(の存在価値)がいなくなることを意味していました。彼氏に尽くしまくっていた私は、彼氏がいなくなったことで心を特大バズーカで撃ち抜かれたような喪失感を抱きました。

 

あぁ、結局私はどれだけ頑張ってダメなんだ。もう人と深く関わりたくない、信じたくもない、でも誰かの承認がなければ生きていけない・・・

 

過去の私(利用ver.):リスクのない承認欲求

 

そこで辿りついたのが、利用の愛です。

よく彼氏彼女と別れた時に「この一ヶ月はめっちゃ遊ぶわ!!!」ってあるじゃないですか。あれって、寂しさを埋める代償行為なんですよね。その心理を参考にしました。

 

1人に100の愛をもらうより100人に1の愛をもらうほうがリスク回避になるじゃん!!

 

ここにきて謎の壊滅ロジカル。実際、この思考が人を愛せなくなった理由となりました。

  

1程度の愛とかよく分からなかったので、キャバクラに入り一定のビジネスライクな承認でそれを叶えました。

事実、誰かに依存することもなくなりましたが、同時に誰かに期待することもなくなりました。特定の誰かを失う恐怖がなくなり、「いい女」を演じる私は消えました。

 

ただもうここまでくると愛とか何とか分かりません。男性は、私を保つ手段として存在するだけのものになりました。

 

乾いた笑いが増え、あたたかい涙を忘れました。

あれだけ「いい子」だった私が、誰かに対して痛みを感じることがなくなりました。

 

実際、今の旦那さんと出会った当初は「あなたと付き合うメリットって何ですか?」なんて真顔で聞いていました。(本当にごめんね笑)

 

結果どちらも本質的な幸せじゃなかった

以上が、私の過去の歪んだ恋愛観でした。

 

今思えば、私は「恋愛」をしたことがなかったのかもしれません。

本当の私のまま、誰かと向き合うことがいつも怖かったんです。背景には、ずっと自分自身を認めることができない私がいました。

 

だから偽りの自分で付き合うことで誰かを失い、

複数の承認で満たされることで自分を失っていた。

 

他人の承認を私の価値にする危うさが、当時の私には全く分かりませんでした。かといって当時わかっていてもどうすることも出来なかったのかもしれません

 

誰かを愛するって自分を愛すること。

自分を愛するって誰かを愛すること。

 

そう思うと、恋愛ってすごくむずかしい。

 

私もちゃんと人を愛したいと思うまで、実際に人を愛せるまで、自分を愛せるまで、たくさん時間がかかった。

 

 

また後日にでも、私がまともに人を愛せるようになった経緯を書きたいなと思います。

 

もしご希望のお題があればお気軽にコメントください⚪︎

※匿名・非公開です

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竹口 和香